(ぜついんしんけいつう)
20歳後半から70歳代後半まで幅広く認められます(平均年齢は、55歳程度)。男性に比較的多い傾向との報告や女性に多いとの報告があります。男女での差は、はっきししていません。痛みは、喉の奥に認められ、左側に多いです。両側の喉が痛くなることは、稀です(1%程度)。
食事の嚥下時(飲み込む時)、あくび、咳をした時に片側の喉に瞬間的な痛みがある場合、舌咽神経痛の疑いがあります。
喉の奥(扁桃・舌・耳。咽頭部)に針で刺された様な、電気がピリッと走る様な、発作的な鋭い痛みを言う。
年間の発生する頻度は、稀な疾患であるため1000万人に2人〜4人程度と報告にばらつきがあります。喉ではなく、顔面の痛みを発症する三叉神経痛に比べると、70〜100分の1の頻度のため、かなり稀な疾患と言えます。
数秒程度の発作的な痛みが多い。通常、疼痛誘発帯(刺激をすると痛みが再現される部位)があるが、はっきりしない事も少なくはない。喉の奥(咽頭)や耳介近傍(耳の穴を囲っている貝殻の様な軟骨部)が、疼痛誘発帯になる事が多い。咳や会話より、冷たい飲み物を飲み込んだ時に痛む事が最も多い。睡眠中に唾液の嚥下による痛みで、覚醒する事もあり。非定型的な症状と出現の事もあり、舌咽神経痛の場合は確定診断が難しい事が多いです。
舌咽神経痛の発症には、舌咽神経と迷走神経の両方が関与しています。そのため、稀ではありますが徐脈(1分間の脈が60以下)や失神、癲癇発作(てんかん)が認められる事があります。
舌咽神経は、喉の奥の粘膜を中心とした感覚を脳に伝達する機能を持っています(知覚/感覚神経)。その領域は、上咽頭後壁・軟口蓋・扁桃・舌後方の1/3・外耳道など口の中と外にある耳が、その知覚領域になります。過去の報告からは、耳>扁桃>咽頭>舌の順に痛むとされています。
舌咽神経痛の確定診断するのは難しい場合が比較的多いです。1990年〜2008年には、カテーテルを用いた方法で舌咽神経を圧迫している脳血管を刺激して、痛みが再現されるか?を誘発する方法がありました。責任血管を同定でき、手術による血管の移動で効果があるかの有無を予測します。現在は、この程度の太さの血管については高解像度のMRIによる特殊な撮影法にて診断が可能です。カテーテルが入れにくい細い血管(動脈)や静脈の場合もありますので、明確な診断が難しいため診察や検査、発症までの経過等を総合して診断をします。
舌痛症は、舌のみに痛みがあります。炎症や粘膜病変がないにも関わらず慢性的な痛み(ひりひり感・ぴぴり感・やけどしたような灼熱感など)を自覚する疾患ですが片側性ではありません。精神的なストレス(うつ状態)やでビタミン不足(B12)、微小元素の摂取不足(亜鉛や鉄分)、歯周病や薬の副作用などで認められます。
舌咽神経痛の診断後は、基本的には内服薬にて痛みの管理を開始します。痛みに対する不安が強い場合、内服薬による副作用の出現、内服薬の量が適量を超えてしまう場合、に手術を行う事が一般的です。三叉神経痛も同様ですが、舌咽神経痛の場合は、診断後から手術を希望される患者さんが多いです。三叉神経痛(顔の痛み)は、我慢できても飲み込む時の痛み(舌咽神経痛)は、我慢できなかったり、痛みに対する不安が強いと思われます。
Microvascular transposition: MVT (またはMicrovascular decompression: MVD)という方法です。手術により舌咽神経を圧迫している血管を神経から離し、移動・固定する事により、神経の圧迫を解除して痛みの原因を取り除くという手術方法です。手術治療は原因を取り除く根本的な治療(永久的な治療)になるので、最も効果的な治療です。これは三叉神経痛や片側性顔面痙攣と同じく、神経を圧迫している血管と移動固定する治療法です。
私は、舌咽神経痛に対する手術は「鍵穴手術」を行なっています。皮膚切開が小さく髪の毛を切ったり剃ったりしません。治療後は、周囲の人が気付く事はありません。痛みも通常の切開よりも小さいので痛みは軽度です。皮膚の切開は、耳の後ろ下方(髪の毛のある部位)に 小さな切開のみで行います。無剃毛手術のため(髪の毛は、切らずに剃る事もしません)手術後傷が目立つ事はありません。頭蓋骨に直径2cm程度の穴を空けて、舌咽神経が脳へ入り込むまでの走行を頭蓋骨内側と脳の間の隙間から確認します。そして、舌咽神経を圧迫している血管を丁寧に剥がし血管が神経に当たらないように場所を移動させて、固定します。手術時間は1時間30分前後です。
血管の固定にはテフロンという素材を使い血管を包む細いタオルのような物を作り、血管を巻いてテフロンを他の部分に付ける(フィブリンのりという特殊なのりを使ってのり付けしてきます)という方法を行っております。これは、私の師である福島孝徳先生(DUKE大学)が、この30年の手術経験の元で確立した非常に侵襲の少なく、有効かつ安全な手術方法です。
(2). お薬による治療方法もあります。カルバマゼピン(商品名テグレトール®)という主にてんかんの治療薬での内服で効果があります。痛みが完全に消失できなくでも緩和させる事が可能です(痛みが軽度~中等度の場合)。しかし、薬の副作用(肝機能障害・めまい・ふらつき、重症になると全身の臓器の機能が悪くなるStevens-Johnson 症候群があります)、痛みの増悪に伴う薬の増量に限界が生じた場合は、内服治療の継続はできません
術前のMRI検査で明らかな舌咽神経の圧迫が確認され、手術所見でも同様の所見を確認できた場合は痛みは100%消失します。痛みは、術後早期に消失するのが一般的です。しかし、術前のMRI検査の画像診断が明確ではない場合には、その痛みの内容と疑わしい画像診断にて手術での肉眼的確認を行います。疑問的な手術中の診断をした場合には、後遺症のない様にて最適な処置をますが、痛みは軽減するものの完全には消失しない例も稀にあります。この場合、日常生活に支障がなくとも他の原因になっている場所や状態を考えながら外来にて丹念に調べていきます。手術前に耳鼻咽頭科にて、診察やカメラにて喉やその奥を観察されて問題ない事を確認して手術を行いますが、扁桃腺やの喉の奥、その近傍の筋肉の関与が疑われます。
安全な手術を行うには、術者の眼と知識、経験のよる判断が不可欠です。特に顔面神経だけではなく周囲の構造物、他の脳神経(特に聴神経や迷走神経)や小血管に対するへの注意と繊細な手術操作が求められます。私自身は、微小血管減圧術の手術(病院施設の症例数ではなく、個人執刀症例数)は、500例以上を経験しており、良好な結果を得ています。大学病院の中には、年間の施設症例数が10例も満たない施設もありますので、脳外科医個人としての経験数としては、かなりの数になります(後日に詳細を追加します)。熟練した世界的脳外科医である福島孝徳先生より解剖も含め臨床の場で最初にご教授頂いた手術法です。手術は、技術だけではなくお教え頂く師匠の知識や経験を取り入れながら、自分の知識や経験、知恵とする事が手術を主とする脳外科医には、とても重要だと実感した手術の一つです。